二足亭三文の「らくご者(モノ)の日常 -下手な落語・考-」

なんとかく過ごしていたら、あっと言う間に3月になって今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか?


広島カープのキャンプも順調で、今年こそはと期待させるような仕上がりで、オープン戦からシーズンへとスムーズに意向していってほしいものです。


先日、「アメトーーク絵心ない芸人」に、元カープの前田投手が出てました。

どうやら、徳井さんが、去年、前田投手が自分で描いてお立ち台に持ってきいたTシャツのイラストを見て、これは同類のにおいがする、しかもかなり大物のにおいが、と言ってスカウトしたらしいのですが、さすが慧眼!大物新人現る!と言うキャッチコピーが相応しい最高(最低?)の作品でした。

あまりのアバンギャルドさに、夫婦で腹をよじって笑い転げてみておりました。

少なくとも運動神経と絵心には関連性はないようですな。


下手な面白さと言うのは、ある意味才能ではないかと思います。例えば、落語をわざと下手に演じても、全く面白くないのですが、どう贔屓目で見ても下手な落語なのですが、味があって面白いというのがあります。

私の場合は、一生懸命やってもド下手で、なおかつ面白くないと言う、ある意味最強のつまらなさです、、、って誰がド下手やねん!(一人突っ込み)

これから導きだされる結論が、やっぱり面白さと言うのはある種の才能が必要なのではないかと思います。絵心ない芸人でも、ある種の才能ある絵心の無さと、才能のある絵心の無さがあるのではないかと思います。どう違うかと言えば、ある種の才能がある方は、同じ下手でもお題に対して、我々がイメージする造詣からアプローチ自体が全く離れていて、下手と言って想像する物とは違う、芸術性さえ感じるものになっていたりします。


その事が一番言えるのは創造性のジャンルはマンガではないかと思います。マンガの画力は小説で言うと文体なのではないかと思いますが、明らかにデッサンが狂っていたり、キャラが書き分けられていなくても、ストーリーと合わせてみると、その画力でしか表現できないものがあり、作品としては非常に面白いものになっていたりします。

特に、ジャンプ系の編集者はその辺がよくわかっているのか、しばしば他紙では考えられない作家がデビューしたりしてましたよね。

まあ、そう考えると、私の落語も自分が表現できる落語の文体=落語体(今、造語しました)とネタが合っていれば十分に成立するのでしょう。多分、私の落語体がカバーできる表現領域は非常に狭いので、ネタを探すのが相当苦労しそうですが。


最後に、3月25日の池袋演芸場の昼トリで、柳家喬太郎師匠が久しぶりに拙作の「トンタク」をやりますので、仕事の無い方は是非聞きに行ってください。

私も会場には居ると思いますので、大きな声で、「二足亭三文さんいますか!」と言ってもらえれば、他の人と一緒に指を指して右手で頭の横でくるくると回させていただきます。


今回はついにEVAとは関係ねえや、、、